めも。

ごーばっくきゃんでぃはうす

冬の花/宮本浩次

 

 

 

 

 

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今日、引越して新居に身を置きはじめてから、

初めて、あまり嬉しくないことを云われた。

 

今まで、おおっぴらにしていたわけではないし、みんなが知っている事項ではないのがわたしの引越し事情な現状。

 

云われてみて、皮肉的な意味合いが込められていると気付くのが今になってからで。

 

いつもそうなのだが、

わたしは本当に父の血を受け継いでいるのだなあ、と感じる。

 

能天気というか、何事も人を疑ることをしないところからのスタート、というか。、

 

 

 

 

世の中はいろんな人がいる。

 

だから、わたしや父は危ないのだ。

 

世の中の大半の人が自分を肯定的。であるはずがない。

考えれば簡単だけど、わたしはなぜかとろくて思考がすぐに危険レーダーとして作動しない。

 

気付くまでに時間もかかるから引きずって物事を考えがちだし、いつも相反する意見に対してカウンターパンチを喰らわせる事や、自分の意見をうまくその場その場で述べることが出来ずにきている。

 

 

 

今日は、洗濯機についてある人に話をした。

 

「ごはんを作ることや洗濯しなきゃいけない場面、本当に大変なことなのだ、と思いました。」と、わたしのことを良く思っていない人という対象であることを忘れていて伝えると、その人は言った。

 

「私のときは洗濯はコインランドリーだったから。」

 

「あ、そうかあ。コインランドリーってふかふかでいい匂いになりますよね。」動作を付けて心からそう思ったわたしは述べた。

 

 

「いや。

私のとき、当時はそんなにいい物じゃなかったから。」

「洗濯機があるだけ、ありがたいと思わなくちゃ。」

 

 

わたしはそれに、

「そうかあ。そうですよね。洗濯するのもわざわざ出かけないといけないし、大変ですよね。いろんな世界があるんだなあー。」

「そうですよね。ありがたいことですよね!」と何の疑いもなしに返していた。

 

 

いま思うと彼女はわたしに一方的にライバル心を燃やしている対象であり、嫌味を皮肉的に言い放つ性格の持ち主であること。

 

気の細やかな人ではないこと。

 

忘れていた。。。

 

 

帰宅してから、あれれー?って思い出して、なんだか引っかかると気になっていたら、

やっぱり。

 

彼女はわたしよりずっと歳上なのにも関わらず、確実にわたしへ敵意を向けた所以の発言であったと、わたしは本能的に認めたくなかったのであろうか。、、

 

云われて嫌な気分にしかならないというよりは、他の周りのみんなと違う物言いに、やはり彼女に対しての警戒心がより一層芽生えてしまうのが結果、のようにおもう。

 

妬みやっかみのように感じるし、それは背景を鑑みても見当違いではなく、間違いなさそうだ。

 

 

 

 

嫌なクジ引いちゃったな。

 

今日は、そんなかんじ。

 

 

 

誰しもが自分を肯定的ではない。

 

 

すこし、勉強になりました。